無知である幸せと知っていることの幸せ

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日常
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こんにちは、コタニです。
今回は初めてこういった形の文章を書きたいと思います。
お題は「無知であることは幸せか否か」ということです。

少し私の体験を交えて話をしていきたいと思います。

現在、私は滋賀大学に編入して就職活動をしている最中です。
知っているかどうかはさておき、滋賀大学の就職先はかなりいいんです。国立大学だからそんなの当たり前という方も言うと思いますが。(たかが滋賀大学でと思っている方がもしいらしたら申し訳ございません。)

そして就職活動をしているとこんなことを思います。

高卒で就職していたらこんなに苦しまなくてよかったんだろうな

編入をしていなかったら何も考えることなくよくわからないその辺の企業に入っていたんだろうな

というのも私が編入試験を受けずに無知なままだった方が気が楽だったのではないかと思うことがあります。

世の中には無知は罪という言葉がありますが、この世には知らない方が幸せだったりすることだってあるし(身近な例だと、タネがわかっているマジック、八百長など)、何も悩んだりする必要がなかったからです。

 

私は昔から勉強が嫌いであまり得意ではなかったため、高校は当時偏差値が40もない高校に通っていました。
クラス内では大学受験という概念すらなく就職、専門学校、指定校推薦という選択肢しかありませんでした。(指定校と言っても関西の産近甲龍レベルより下です)
そのころは将来のことや勉強のことを何も考えなくてよかったのでとても楽しい時間を過ごすことができました。

今から考えてみたら小学校から中学に上がるときのような感覚ですね(笑)

しかし、編入前の大学に入学してから勉強することの大切さや楽しさを知り、次第に悩みも増えてきました。
知識が身につけばつくほど今まではわからなかった世の中のことが見えてくるです。
何かを学ぶということは人間の知的好奇心を満たすと同時に多くの選択肢を得ることができます。
今までは限られた道しかなかったのに対して、勉強するにつれ今までにない新たな道が増えていく。

確かに、知識は人を豊かにしてくれます。誰もが知っていて明白のことです。
しかし、すでに前述しているようにその分多くの選択肢が増えて以前より困難な選択を迫られます。

ですが、いろんなことに頭を抱えて真剣に考えたりすることが人生の醍醐味なんじゃないかなと思ったりもします笑

結局どちらが幸せかなんてものは誰にも分りません(笑)
本人が自分が無知かどうかを知ることができないのだから。

結論:知識はあるに越したことはない

上でなんだかんだいろいろ書きましたが、やはり何でも知っている方がいいですよね。結論、知識はあった方がいいという当然の答えにたどり着いたコタニです(笑)

当然何事もしっているに越したことはありませんよね。知っているに尽きます。

そして今よりもっと自身のアンテナを世の中に張り巡らせ、これからも様々なことを吸収していきたいものですね。

知的好奇心を満たすということは人間だけに許された特権です。
勉強できる環境に感謝してしっかり学び、知識を蓄えていきましょう!

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